幸せだとばかり思い込んでいた穏やかな日常。
それが紛い物だと解った瞬間、
何故幸せを手に入れようとして、また人は足掻いてしまうのだろう……?













ユウに会った日から、アレンの日常は変わりはじめていた。



「最近、アレンのやつ、付き合い悪いよなぁ……」
「……っつーか、お前はもともと相手にされてなかったろう?」
「酷いなぁ、それでも俺にはアレンの笑顔が心の救いなんだよ!」
「だよなぁ〜、確かにアレンは可愛いっ!!
 あの顔でにっこりされちゃうと、どんな頼みも聞きたくなるよなぁ。
 それがここの所世間話もろくにしに来ないし、お前じゃなくても寂しいぞっ!」
「ううっ……さびし〜!アレンちゃ〜ん!」



天使たちが噂している通り、ここの所アレンの様子がおかしい。
それは少なからず天使たちの間で話題になっていた。
無垢な笑顔と愛らしい仕草は、誰もがその虜になってしまう。
銀色の髪と瞳を持った白銀の天使。
アレンは天使たちの間でもアイドル的な存在だった。


仕事の合間にアレンとする他愛ない会話が楽しみだった天使たちは
ここの所それがないことに不満を抱いていた。
それもそのはず、今のアレンは仕事が終わるとすぐにある場所へと赴いていたからだ。


天使らしからぬ漆黒の髪と瞳。
アレンの頭の中からはいつもその天使の姿が離れなかった。
ファントムソードの一件以来、アレンは仕事が終わると、
用もないのにユウのいる城へと通いつめていた。



「ちっ……お前今日もまた懲りずにやって来たのか?」
「えぇ……だって僕、ここが気に入っちゃったんです」
「変な奴だな……何もねぇ、こんなへんぴな城の花畑がか?」



核心を突かれて、アレンは頬を赤く染める。



「花畑も好きなんですけど……僕はその……
 キミに会いたくて、ここに来てるんです」
「はぁ? この俺にか? お前もそうとう物好きだな」
「そんな!だって……その、キミがとても……素敵だから……」



『素敵』と言われて、ユウはまるで聞きなれない言葉でも聞いたかのように
ぽかりとと口をあけて見せた。
黄金や白銀が持てはやされる天上界で、魔の証とされる漆黒の髪と瞳をもつ彼は
いつも異端のものとして扱われてきたからだ。
妖しい程の力を持つ聖剣――ファントムソードは、
それを手にする者にすさまじい力を与える。
だが手にした者の力が剣に添ぐわない時は、
その者に恐ろしい災いを及ぼすと言われていた。


故に、ファントムソードに触れるもの、それを護る者は
恐ろしいほどの力をその身に持ち合せていなければならない。
それはある意味天上界で最も強い者の称号とされていたが、
戦いが無くなり平穏な生活を維持している今の天上界には
すでに無用の産物に過ぎなくなっていた。


いつしかファントムソードを護る天界一の剣豪の一族は
黒の一族として異端視されるようになり、
東の空の果てでひっそりと暮らす事を余儀なくされていたのだ。



「くっ……素敵? この俺がか?」



思いがけないアレンのセリフに、ユウは必死で笑いを堪えている。
そんな彼の素振りに心底心外だといわんばかりに、
アレンはその頬を膨らませる。



「素敵ですよっ! キミの髪も瞳も、強い所も、全部っ!」



自分のことのようにムキになる素振りが可笑しくて、
ユウはとうとう大声を出して笑いだす。
かなり物好きな奴だとは思っていたが、
ここまで予想外なことを言ってのける相手とは思っていなかったからだ。



「そんな笑わなくてもいいじゃないですかっ!
 ……本当のことなんだから……」
「お前って、本当に変な奴だな。
 お前の方こそ自分を良くわかっていないんじゃねぇのか?
 世間一般には、素敵っていう言葉は俺なんかのために使う言葉じゃねぇ」
「……え……?」



アレンはきょとんとした顔で目の前のユウを見つめる。



「お前の噂は、前に聞いたことがある。
 神の伝令役を務める可憐で美しい銀色の天使。
 その笑顔は誰をも魅了し、神すらその無垢な天使を愛すとな……」
「ええっ? そんな風に言われてたんですかっ?
 へんだなぁ……僕はそんなに綺麗じゃないし、
 神様だって、僕のこと良く叱りますよ?
 愛されるだなんて、そんな大そうな身分じゃないし、それに……」
「……それに……なんだ……?」



口を尖らせ拗ねてみせるアレンにユウは不思議そうな顔をする。



「誰をも魅了するなんて嘘じゃないですか……
 ……ユウは……僕のこと……好きになってくれないし……」
「くっ……はははっ……!」
「笑い事じゃないですよっ! 僕は真剣なんですからねっ!
 不特定多数の人に好かれても、自分が一番好いて欲しい人に
 好きになってもらえないんじゃ、何の意味もないです!」



言葉にして、アレンははっとしたように顔を赤らめた。
これではまるで自分がユウを好きだと告白しているようなものではないか。


そんなアレンの気持ちを悟ったのか、
ユウはすぐに真顔に戻って冷たい口調で問いかけた。



「お前……もしかして、俺のことが好きなのか?」
「……っ……そ、そうです……」
「はっ……くだらねぇ!」



事も無げに否定された自分の気持ちに、
アレンはまるで信じられない言葉でも聞いたように目を丸くした。
今まで自分が好意を示した相手に拒まれた事などあっただろうか?
それもくだらないと、たった一言で否定されたことなど初めてだ。



「そんな……
 くだらないなんてっ……ひどいですっ!」



まるで捨てられた仔犬のように唇を噛み締め、瞳を潤ませる。 
そんなアレンを目の前しながら、ユウはそ知らぬふりで酷い言葉を投げ続けた。



「くだらないから、くだらないって言った。
 俺は好きだの嫌いだの、そんなくだらねぇ感情にうつつを抜かしてる暇はねぇんだ。
 お前がそんな理由で、毎日ここまで来てるって言うんなら、
 もう二度とここには来るんじゃねぇ。 迷惑だ……」
「……めい……わく……?」
「ああ、そうだ」
「……うっ……ううっ……!」



好きな相手に冷たくされた衝撃に、アレンは耐え切れず大粒の涙を零した。
そして、とうとうその場にいる事がいたたまれれなくなって、
泣きながら飛び去っていったのだった。















それからしばらくの間、アレンは何も手につかない状態が続いた。
完全なる恋煩い。
初めて経験する一方通行の想い……


思い出すのはユウの涼しい横顔と、風に揺れる長い黒髪。
白い薔薇の花びらが舞うなかで、剣を護る雄々しい姿だった。


そして、口を突いて出るのは重々しい溜息ばかり。



「……はぁ……ユウに会いたいな……」



疎まれても、もう来るなと拒絶されても、
それでもその姿が一目見たい。
好きになってもらうことが叶わなくても、それでも会いたい。
そんな、どにもならない想いがアレンを苛んでいた。


恋なんてそんなもの。
自分の足元が見えなくても、
それすら気付かずに突き進んでしまうものなのだから。



「……そっか、何か用があれば……
 彼に会う口実があればいいんだよ……」



アレンはおもむろに自分の翼から羽を一本引き抜いて、
その羽にゆっくりと息を吹きかけた。
銀色の息吹はみるみるうちに手にしていた羽を
一房の薔薇の花へと変えていく。
それは天使だけが使える、小さな小さな魔法だった。



「これでよし…っと……」



己の羽を、彼が好きであろう白い薔薇の花に変え、
アレンはいそいそと愛しい相手の元へと翼を広げた。
この想いが彼に届くよう、淡い期待を花に込めて……


















「……チッ……またお前か。何しに来た」
「そんな怒んないで下さいよ。
 キミが一途に神剣を護っているって神様に伝えたら、
 神様が褒美をくださるって言ったんです。
 で、何がいいのかって聞かれて、とっさに何も思いつかなくて……
「……それが、その花か?」
「……はい……」



ユウは一瞬怪訝そうな顔をしたが、
それが神様からの届け物だと言われれば断るわけにはいかない。
アレンが手にしている薔薇の花を黙って受け取ると、
それを自分の庭へと植えかえた。


ユウに触れられた花の苗木は、瞬時に見事な花を咲かせた。
まるで彼に愛でられる事を喜んでいるかのように。



「ねぇ、ユウが好きなものって……何ですか?」
「さぁな……まぁ、しいて言えば……
 白い……薔薇の花……かな?」



愛しげに庭に咲く薔薇の花を見つめる。
ユウにそう言われて、アレンは嬉しそうな笑みをうかべた。
その瞳の先にあるのものが、自分の贈った花だと思うだけで
体が震えるほどに嬉しい。
そして花を贈るたびに、彼の嬉しそうな顔が見れるのだと思うと
それだけでさっきまでの苦悩が嘘のように消えてゆくのを感じていた。


以来、アレンは毎日ユウの元へ白い薔薇の花束を届け続けた。


毎日、己の羽を一本ずつ失いながら……



















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≪あとがき≫

うちのアレンくんはとにかく一途!!
神田一筋、ストーカーの如く突っ走ります( ̄▽ ̄;)
しっかし、自分で書いておいて何ですが、
自分の羽をむしってそれを贈り物に変えるなんて、なんて自虐的……;
まるで鶴の恩返し状態ヾ(- -;)
でもですねぇ〜、ユウに一目惚れしてしまったアレンくんは、
まだまだこれからどんどん突っ走ります;>怖っΣ( ̄ロ ̄lll) 
さぁて、二人の恋の行方はどうなるの?
これからをお楽しみにしていらしてくださいませvv





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〜天使たちの紡ぐ夢〜   Act.4